ありがとうございます。
嬉しくてお礼の言葉もありません。
ジョーのメモリアルデーにBIRDさんから感激&感動的なフィクを送っていただきました
もう四の五の言っている場合じゃございません。
読んでください!!



          そして、その後  

                         by BIRD 


 竜は一時休暇を帰郷に当てた。
幸い鉄道網は被害が少なく、人と物資の輸送に活躍していた。
ユートランド中央駅からポートランド経由アメガポリス行きの列車に乗り込む。


「あンれ?」
思わず声が出た。竜は体格がいい。
時刻表をチェックして、二階建て車両の場合は座席幅にゆとりのある
一階席を必ず選んで予約している。
無事だった家族に電話を入れて戻ってくる途中、
通り抜けた車両の乗客はどこもまばらだった。
人々は日常の回復に精いっぱいで、
暮らしに旅行が入ってくるのは、まだまだ先だろう。

「どうしたんじゃい?」
弟の誠二に近い年恰好も気になったのかも知れない。
「かあさん―あ、その、母が少し具合が悪くなって…」
口籠りながら説明する傍らで、母親らしい女性が蒼白な顔色で
座席に沈み込んでいる。
ちょうど検札が来て切符を確認し始めた。少年は青くなっている。

「これは二階席ですね。行き先はポートランドまで」 
「ええ…」
示された切符を消え入りそうな声で母と子は確認する。
ポートランドまで途中停車をしないこの特急列車で、予約した4人がけの席を
独り占めしていたのだが、具合の悪そうな母親に、らせん階段を上がって
本来の席に戻れとは言い難かった。
「んじゃ、オラが上に行くわ。お母さんとここへ座ればエエわ」
「そんな…」
車掌に許可を取り、少年に笑いかけた。
こんな時はゆったりした風体が大いに役に立つ。

「ありがとう。ぼく、荷物を取ってくる」
母親がもう動かなくていいことがわかり、ほっとしたように座り直して礼を述べた。
「ありがとうございます。私なら大丈夫です。
恐れ入りますが、この子に荷物を持たせてやっていただけますか?」
「わかりました」
   
母親と少年が特急列車の二階に取っていた席は車両の端、
扉のそばに1番、2番と並んだ席で足元にこそゆとりがあるが、
すぐ前が車両の仕切りで圧迫感があり窓も小さい。
「お兄ちゃん、ごめんね」
「なあに、いいってことよ。荷物はこれだけかいの?」
「うん。ありがとう」

少年のいう荷物を棚から降ろしてやり、それを持った竜が通路へ出ると
彼は床からキャリーを持ち上げた。
「なんじゃい?それは」
「子犬だよ。瓦礫のそばでずっと鳴いてて、きっとお母さんとはぐれたんだ」
「ふうん」

キャリーを抱えた少年をさっきまでの自分の席に送り届け、
言われる通り棚に乗せる荷物は乗せ、手荷物は空いた席に置いてやった。
「ポートランドで降りる時も手伝うからの」
ほっとした表情で、幾度も礼を言う母親と少年に笑いかけて、
自分のバッグを掴み、二階席へのらせん階段を上がって行った。
バッグを席に置いて隣席に沈む。
(2番に子犬か)
熱いものが溢れてきて竜はぐいと顔を窓に向けた。



「甚平、ひと休みしない?」
「賛成!」
閉めきっていた店の窓をすべて開け放ち、割れたカップやグラス、
かき回されたような倉庫や食糧庫を片づけ始めて、かなりの時間が経っていた。
「お姉ちゃん、お湯が沸いたよ」
甚平が湯気を上げるケトルを持ってきて、ジュンが挽いたコーヒー豆の入った
ドリッパーにゆっくり注ぐ。
芳しい香りが立ち上る間に、ジュンは暖めたカップと受け皿を
カウンターに並べていった。

「お姉ちゃん、竜は家に帰ったじゃんか」
「そうだったわね」
ジュンはカップと受け皿をカップボードに戻した。
「兄貴もきっと片づけで大変だよ。うちのツケ、どうするつもりかなあ―」
ぼやく甚平にジュンはクスッと笑いながら、
もうひと組をさっきと同じように片づけた。

「じゃ、あんたと私と…」
言いながら視線が三つ目のカップに落ちた。
「お姉ちゃん…」
開け放った窓からかすかな風が起こって二人の髪を揺すった。
「甚平、コーヒーは三つよ」
ジュンはきゅっと唇を結び、濡れた瞳で弟にいった。 
「オーケー」
甚平はうつむき、握りこぶしでグイと顔をぬぐうとコーヒーポットを持ち上げた。



 空から見た市街の被害の大きさに息を呑み、ようやくセスナを着陸させる。
ユートランドは幹線道路だけでも多数の亀裂が報告されていて、
市内の道路交通網はまだ混乱していた。
  
 もともと開け放しにされることが多かった入口の扉が、あの大揺れで閉じてしまい、
古びた蝶番を痛めないように、こじ開けるだけでもひと苦労だった。
デスクの上のものは総て落ち、スタンドは部屋の隅まで飛ばされている。
資料や書類、書籍が床一面に散らばって惨憺たる有様だ。

(滑走路の草むしりは当分、先になりそうだな)
仕事部屋にあてている一室を苦労して横切り、奥のキッチンに入ってみた。
シンク上の棚は扉が開き、中のものが床に放り出されている。
一番無事でいて欲しかったコーヒーの缶は蓋が外れてしまい、
転がったルート通り豆が撒き散らされている。


『おい、健。たまにはコーヒーを飲んだらどうだ』
『コーヒーならあるさ』
『あんなもの、コーヒーじゃねえよ』
インスタントを否定され、ムッとしかけた目の前に
コーヒー豆の缶が差し出された。


(とうとう飲まなかったな)
豆と缶を拾うため屈みこんだ。伸ばした手が止まる。
乾いた床にしずくが落ちた。