故郷未だ忘れがたく~ジュゼッペ浅倉物語 6

                    by があわいこ



 BC島へ帰ったジュゼッペたちはあの懐かしい教会をまず訪ねたが、聖堂の中はがらんとしていて誰もいなかった。
十字の形に切り取られた窓から夕日が差し込んでいて礼拝堂の真ん中に光の十字架が浮かび上がっていた。
(昔の造りから随分と変わったなぁ。新しい神父様が来たようだが、いまここにはいないみたいだ)
そう思いながら説教台の階段を上がってみるとそこには食べかけのピザとエスプレッソが置いたままになっていた。
ジョージの手を引いたカテリーナがジュゼッペを見上げていたので口をへの字に曲げて首を振った。
神父はいないという意味だ。
カテリーナはジョージを抱き上げてそのまま祭壇の方へと進んだ。
ジュゼッペも説教台から降りてくると祭壇の前まで来て二人はそこに跪いた。そして黙とうをささげた後にジュゼッペが口を開いた。
「私、ジュゼッペ浅倉はカテリーナ・カーチャリ―を妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
 こうして二人は故郷の教会でやっと結婚式を挙げ、神の前で永遠の愛を誓ったのだった。
「ジュゼッペ・・」
「カテリーナ・・」
二人は見つめ合い、お互いを引き寄せた。熱いキスをかわそうとしたその時・・

後ろのドアがバタンと開いたかと思うと聞き覚えのある声がした。
「帰ってきたか、ジュゼッペ」
二人が振り向くとそこにはファツイオが立っていた。
「ファツイオか、久しぶりだな」
そう言って握手を求めるジュゼッペに応じるとファツイオは
「知っているよ、ホントワール国から逃げてきたんだろ?大変な借金があったらしいな」
と顔色を変えずに話した。
「なぜ、それを!?」
ジュゼッペは身体中の血が逆流するような感覚に襲われた。
「来たんだよ、ホントワールから。警察かギャングか知らないが借金取りの強面の連中が。お前らが故郷の島へのこのこと帰ってきてやしないかってな」
そう言いながらファツイオはカテリーナに目で会釈した。カテリーナはファツイオの視線からジョージを本能的に庇うしぐさをした。
「それで何と言ったんだ?」
ジュゼッペは強い口調でファツイオに迫った。
これまでのことがジュゼッペの脳裏を巡ってとても冷静ではいられなかった。
「金は返してやった。そうしたら奴ら、あっという間に引き上げていったぜ」
ファツイオは真顔で事も無げにそう答えた。
「なに!?」
意外なファツイオの言葉にジュゼッペの灰青色の瞳が大きく見開かれた。
「カッツェ様がそうしろといったんでな」
聞き慣れない名前を耳にして力が抜けると同時にジュゼッペは戸惑った。
「カッツェ・・?さま・・だと?」
「あぁ。紫色の仮面をかぶっていて顔はよくわからないんだが、学校を出たばかりといっていたから20代前半の若そうな男だよ。二年ほど前にこの島へやって来たんだ」
 ファツイオはカテリーナの行動を見て彼女に嫌われているのでは?と思ったのか、そう言いながら礼拝堂の出口へと向かっていった。ファツイオに促されてジュゼッペはカテリーナにここで待つように言うと二人を礼拝堂に残したままドアの外へと出て行った。
ジュゼッペの後を追おうとしたジョージをカテリーナが引き止めた。

 教会の入り口の前にはサルボ神父が子供たちとサッカーをしていた広場が残っていが、その周りは花壇になって整えられておりさらにオリーブの木が植えられていた。
花壇との間にいくつか置いてあるベンチの一つに二人は腰掛けた。
視線の先には海が見える。故郷の海はあの頃と変わりがないように思えた。
ファツイオはその海を見ながら話しを続けた。
「お前がホントワールへ行ってから・・いや、カッツェさまがこの島へ来るようになってから、この島も我々もずいぶんと変わった。カッツェさまは相当な科学力を持っていて、あっという間にマフィアは全滅したよ。それだけじゃない。今はギャラックもギャラクターと名前を変えてカッツェさまと共に世界征服をすることにしたのさ。そのためにまず世界中からウランを集めることになってね。それがマフィアを殲滅させた我々ギャラクターの次の仕事さ。世界中から優秀な科学者を集めることもね」
 マフィアを皆殺しにした時の光景がファツイオの脳裏によぎるのか、うっすら笑みを浮かべて饒舌に語る彼の横顔を見つめながらジュゼッペは疑問を一つぶつけてみた。
「カッツェさまって一体どこから現れたんだ?」
ファツイオはおもむろに立ち上がるとオリーブの木の下へ行きその実を一つねじり取った。
「それが謎に包まれていて『ベルク・カッツェ』という名前以外はわからないんだ。調べようとしても無駄だよ。素性や過去を知っているものは生みの親でさえ抹殺したという噂だ」
「ジュゼッペ!ジョージが・・」
ファツイオの話に被ってカテリーナの声がしたかと思うとジョージが広場に飛び出してきた。
「どうやら飽きてしまったらしいな。そろそろ行くか。カテリーナ、荷物を頼む。よぅし・・おいで、ジョージ!」
ジュゼッペは腕の中に飛び込んできたジョージの脇を後ろから抱えるとグルグル回した。
「それ~っ、竜巻だ~っ!」
ジョージがケラケラと笑う。
その様子を見ていたファツイオが
「ジュゼッペのところは男の子か。俺のところは女の子だ」
そう言いながらジョージの脱げた片方の靴を拾った。
「えー、ファツイオも結婚したのか」
ジュゼッペは靴を受け取るとジョージに穿かせた。
「そうだよ。レベッカをやっと口説き落としてな」
「レベッカ!そうだったのか。それはおめでとう」
ジュゼッペが急に大きな声を出したのでジョージがびっくりしてジュゼッペを見つめた。
 ジュゼッペはジョージを軽々と抱き上げると肩車をして両手で膝を押さえた。
灰青色の瞳を持ったそっくりな顔が上下に並んでいる。
「あの時お前がホントワールへ出国させてくれなかったら俺はカテリーナに会えなかっただろう。改めて礼を言うぜ」
「あぁ、良かったな。本当に」
ファツイオはジョージを見上げていた。
「ジョージか・・いい名前だな」
「ファツイオのところの娘さんはなんていうんだい」
ジュゼッペはわざと身体をゆすってジョージをあやしながらそう訊いた。
「ソフィアさ。平凡だろ」
ファツイオはさっきのオリーブの実を道端に投げた。
「ソフィアか・・いや、いい名前じゃないか」

 カテリーナが荷物を持って教会から出てきた。ファツイオはカテリーナにも聞こえるように少し大きめの声で言った。
「今夜はグランドヴィラホテルに泊まるんだろう?この辺りはあそこしかまともなホテルはないからな。明日迎えの車をよこすよ。それでカッツェさまに会うといい。そしてとりあえず借金返済の礼を言うことだ。カッツェさまには元ギャラックの仲間で優秀な科学者だといっておいたからな」
ファツイオは片目を瞑って白い歯を見せると踵を返した。
が、「おっと」
そういってもう一度こちらを向くと上着のポケットからギザギザの付いた赤い仮面のようなバッジを取りだすとジュゼッペに渡した。
「ホテルのフロントでこれを見せれば館内の施設はほとんどどこでもフリーパスだ。君がカッツェさまと会っている間も家族は5階のシアターでも屋上の遊園地でも自由に出入りができる。確か明日は屋上で子供向けのマンガ歌謡ショーがあるはずだ」
そう言い残してファツイオは去っていった。

 日没が迫っていた。ジュゼッペたちは急いでさっき上ってきた長い階段を下りるとタクシーを拾ってホテルへ向かった。
ホテルのフロントでファツイオが渡してくれた赤いバッジを見せるとすぐに広々としたスイートルームへと部屋が変更された。
夕食も食堂のバイキングではなく贅沢なコース料理をルームサービスで味わうことができた。
久々に親子三人でゆっくりとした時間を過ごすことができたのだった。
 湯量たっぷりの熱いシャワーを浴びたジュゼッペが最高級のベッドに横たわった時には、隣りのベッドでカテリーナとジョージが寝息を立てていた。
だがジュゼッペは目が冴えてしまった。
この分だと自分が本当はマフィアの子だということもカッツェとか言う人物は既に知っているだろう。
あぁ、それから教会の裏に住んでいるでいるあろう新しい神父様にはとうとう会えなかったな。話したいことがいろいろあったのだが・・。
そんなこれまでのことやこれからのことをあれこれ考えながら浅い眠りについたのだった。

 次の日の朝、フロントから迎えの車が着いたと連絡があり、ジュゼッペは黒塗りの大きな車に乗り込んだ。
車は「市庁舎」と書かれた建物の前に止まった。新築したものらしいがBC島に古くからある伝統的な宮殿を摸してあった。
ドアが開いたのでジュゼッペは車から降りた。それと同時にファツイオが市庁舎の階段の上に出てきた。
(ここは確か孤児院があったところじゃないだろうか?ずいぶんと変わったものだ)
そう思いながらジュゼッペは後ろを振り返り振り返りしながら階段を上っていった。

 長々と敷かれたフカフカの赤いじゅうたんを踏みしめて廊下を進むと豪華な彫刻を施した重厚なドアが見えた。
「カッツェさま、ジュゼッペを連れてまいりました」
そのドアの前でファツイオはかしこまり、深々と頭を下げた。
ドアが開くとどっしりとした木製のデスクの向こうにカッツェが座っていた。足を組んでリクライニングチェアーに深々と腰掛け、指を組んだ両手の上に顎を乗せている。
その名の通り猫のような紫色の大きな耳が付いた仮面を被っていてその素顔はわからない。
「お前がホントワールから来たジュゼッペか?」
厳めしいそのマスクには似合わない甲高い声だった。
「はい」
「科学の勉強をしていたと聞いたが本当か?」
「はい。薬学を少し研究していました」
妖しく光る紅い口唇がニヤリとした。
「よろしい。それではわがギャラクターに入り、その研究をつづけたまえ。君にはすでに多くの資金をつぎ込んだ。しっかりと頼むぞ。家族とともに住む家はファツイオ君に相談して決めればよい」
ファツイオは返事の代わりに音を立てて踵を合わせると直立不動で敬礼をした。
ジュゼッペは
「はい。その節はありがとうございました。ご期待に応えられるよう精進します」
そう型通りの応答をすると深々と頭を下げた。
「うむ」
カッツェは満足そうにうなづくとデスクの上に用意されていたクリスタルグラスの赤ワインを飲み干した。
それが合図だったように牙がついている緑色の覆面をしたカッツェの手下らしい男がドアを開けた。
ジュゼッペがファツイオと部屋から出ようとした時、カッツェがその背中に声をかけた。
「ホントワール国は良いところらしいな、ジュゼッペ君。今度視察に行こうと思っていたところだ」
ジュゼッペは振り向いて片方の口角だけを上げ、ニヤリ顔を作った。
「森と湖が美しい国です」
そう答えると一礼してファツイオに続いて廊下へ出ていった。

 ジュゼッペの新居はすぐに決まった。
その昔は島の貴族の館でレンガ造りの屋敷だ。玄関の上に斜めについている外階段で二階へ上がれるようになっている。
中庭には名前もわからない異国の立木や草花が咲き乱れているし、二階のテラスからは紺碧の海が見渡せる。
「少し前まではマフィアの幹部の別邸だった。つまり、第二夫人の住み家だったから内装もきれいだぜ。できれば俺が住みたいくらいだ」
ファツイオは笑いながらそう言って真新しいコッポラ帽をジュゼッペに投げてよこした。
「ギャラック・・いや、ギャラクターにようこそ。よく帰ってきてくれたな、ジュゼッペ」
そう言うとファツイオは振り返りもせずに帰って行った。

新居の中を見て回る中、応接室の壁に掛けられていた大きな額を見てジュゼッペは声を上げた。
「こ、これは!」
それはサルボ神父が孤児院から自分を出してくれるために交換したあの火山のモザイク画だった。

 その昔、サルボ神父さまがまだ修道僧だった養父・譲二に話していたという「恐ろしい組織」というのはマフィアではなく、もしかしたら・・。
ジュゼッペは首を振った。
ここで何の不自由もない暮らしができるだろう。だが、裏庭の片隅でセンチュリーフラワーが一斉に咲いているのを見たジュゼッペの胸に一抹の不安がよぎるのだった。

(つづく)



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