故郷未だ忘れがたく~ジュゼッペ浅倉物語 4

                    by があわいこ



 ジュゼッペは今日もあてもなく湖岸の公園に来ていた。
ホントワール国へ渡ってからもう何年になるだろう。

カテリーナに会いたい思いは募る一方だったが月日は虚しく過ぎるばかりだった。
だが、そんな苦しい思いはホントワール国の美しい景色が慰めてくれた。

 この湖の周りに桜の木が植えられているところがある。
春になると一斉に薄いピンク色の花を咲かせるのだが、それがBC島のアーモンドの花にもとてもよく似ていてこの季節になるとジュゼッペは二つの故郷を同時に思い出すのだった。

「もう5回はここで花見をしたな」

そう独り言を言って気が付いた。
そういえばいつも花見はこの対岸からしかしていなかった。向こう岸へ渡ってもっと近くで花を見てみよう。
ジュゼッペは貸しボートに一人で乗ると向こう岸へと漕ぎ出した。
桜は満開で風にはらはらと花弁が散っている。
ピンク色に染まった船着き場にボートを付けるとちょっと後悔した。
そこはデートスポットとなっているようだったからだ。

すぐそこでも自分と同じ歳くらいのカップルがベンチに座って花見をしながら鳩に餌をやっていた。わざと足を動かして足元に集まっている鳩を飛び立たせたかと思うと、またポップコーンをばら撒いては鳩がそれをついばむのを笑って見ている。
またお互いの口へもポップコーンを入れ合っていた。

「ちぇ、鳩なんか見ていて何が楽しいんだろうね。花を見なくちゃ」

ジュゼッペはちょっとだけイラついて舌打ちをしながらカップルの反対方向にある噴水広場のほうを向いた。
そこには初老の夫婦らしい二人が日向ぼっこをしていた。よく見ると二人とも車いすに乗っている。
「・・っていうことは二人きりじゃないな」
ジュゼッペの簡単な推理はすぐ解けた。
ジュゼッペの後ろから足音が近づいてきた。
「お義父さま、お義母さま。おまちどうさま。レモネードを買ってまいりました」
そう言いながらその女性はジュゼッペのわきを通り過ぎると夫婦の前に紙コップを差し出した。
すれ違った時に彼女からフッとレモンの香りがしたのは手にしていた飲み物のせいだったろうか?
「娘さんがいたのか。いや、お嫁さんかな?」
どちらにしてもちょっと若すぎやしないかと思いながらもジュゼッペは彼女の顔を見ようとした。
夫婦に似ていれば娘さんだ。

その横顔を見た時、ジュゼッペの身体に電気に触れた時のような衝撃が走った。

「カ、カテリーナ!?」
思わず大きな声が出て女性がこちらを見た。ジュゼッペと彼女の目と目が合った。

「ペッピーノ!?」
カテリーナも思わず大きな声を上げた。その自分の声にびっくりしたカテリーナはハッと口元を押さえてジュゼッペに近づいてくる。
忘れることのなかった琥珀色の瞳と長く伸ばした枯れ葉色のくせ毛は変わってはいなかったが、輝くように美しい女性になっていた。

「ペッピーノ・・本当にペッピーノなのね。ああ、会いたかった。日本へ行ったきりで・・」
うっすら涙が浮かんでいるカテリーナの瞳に自分の姿が映っている。それほど二人の距離は一瞬のうちに近づいたというのにジュゼッペは何から話していいのかわからなくなってしまった。
両親が殺されたことをここで一番に話すのは好ましいこととは到底思えなかったし。

「知り合いかな?」
カテリーナの養父が声をかけてきた。
カテリーナは「えぇ、そうなのお義父様」と言いながら車いすのところへ戻ると慣れた様子でその後ろへと回り込んだ。
「紹介しますわ。こちらが私を養女にしてくださったカーチャリ―男爵さまと奥様のべリンダさま。お義父さま、あちらは私が孤児院で一緒だったペッピー・・いえ、ジュゼッペよ」
「まぁ、この方が一億リラのペッピーノさんだね」
金色の長い髪を頭の上でまとめ、少し大きめの口唇を美しい紅色に染めたべリンダがニッコリとほほ笑んだ。
「やだわ。お義母さまったら変なことを覚えていらっしゃるのね」
「君が暴れん坊のペッピーノだね。カテリーナから話は聞いているよ」
白髪をきれいに七三分けにして立派なもみあげと口ひげを蓄えたカーチャリ―男爵は大きなとび色の瞳を細めた。
「お、おれ・・いや、私はジュゼッペ浅倉といいます。ずいぶん前にこの国に来ました。えっと・・カテリーナがここにいると聞いたので・・」
「アサクラさんとおっしゃるのね。珍しい名前だこと」
「はい。あの・・養父が日本人だったもので」
ぽつりぽつりと話すジュゼッペを見て男爵は理解した。
「積もる話があるようだね。どうかね?しばらく我家に来ないかね。君さえよければだが」
ジュゼッペは一も二もなくその言葉に甘えることにした。


 カーチャリ―男爵の屋敷は古かったが豪華で広かった。
男爵の祖先はその昔100年続いたという大きな戦争の中で残忍な戦法と逃げ足の早さで大きな戦功をあげ、その服装の色から『プルプァの魔人カッツェンベルヒ』という異名で敵に恐れられた一族の末裔だった。だが、その戦争もやがて終わり爵位を授かってからは平和を愛する貴族となっていた。
 そして今は、カテリーナ以外には子供がいないこともあって召使いなどの使用人は置かずに――必要なときだけ手伝いに来てもらい――普通の家庭と同じような暮らしをしていた。
いや、実は十数年前に子宝に恵まれたのだが、4歳の誕生日を目前にして忽然と姿が見えなくなりそのまま行方不明となってしまったというのだ。
その後、世界中を探して回るうちにBC島の孤児院にたどり着き、わが子ではなかったけれどカテリーナを見染めて養女にしたのだった。

「長い間の無理がたたって足腰を痛めてしまい、今はもう遠くへ出かけることはできなくなってしまいました。カテリーナもいてくれることだし、わが子を捜すのはもう諦めました。誰か善い人に拾われて育てられていれば良いのですけれど・・。あの子の身体は変わっていましたので・・」

べリンダ夫人はそこまでをジュゼッペに語ると涙が止まらなくなり話は中断した。

 夫人には申し訳なかったが、ジュゼッペはやっとカテリーナと二人きりになれる時が来た。
ゆっくりだが家の中なら車いすではなくても動ける男爵は、カテリーナにジュゼッペを空いている部屋へ案内するように言いつけると、暖炉に薪をくべながらもう下がってよいと言ってくれた。
カテリーナは夫妻に丁寧におやすみなさいの挨拶をするとジュゼッペと共に広々とした一階の応接間を後にした。

 中二階を通り越して二階へ上がった先の右側にカテリーナの部屋はあった。
廊下を挟んで向かい側のドアを開けるとカテリーナは
「ここを使ってね」と輝くような笑顔を見せた。
「ありがとう、カテリーナ」
ジュゼッペはそう言って部屋へ入ったが、帽子をベッドサイドテーブルへ置いただけで廊下に戻ってきた。
「その・・君の部屋を見たいな」
「いいわよ。どうぞ」
そう言われるのを待っていたかのようにカテリーナはジュゼッペを自室に招き入れた。

 カテリーナの部屋は思ったよりもシンプルだった。
だが、ピンク色の小さな花が散りばめられた美しい壁紙ひとつとっても、上等なもので何かの本でしか見たことのないお姫様が暮らしているような部屋だった。
ジュゼッペは深呼吸をすると目の前にいる――夢ではない――『本物の』カテリーナにずっと夢に見てきた通りに話しかけた。

「カテリーナ!まさかあんなところで、本当に会えるなんて!ずいぶん捜したんだ」
カテリーナはほほ笑んではいたがジュゼッペを見つめながらなぜかちょっと後ずさりした。
「私ずっと神様にお祈りしていたのよ。あなたってば、しばらく会わないうちにずいぶんと背が伸びたわ。でもすぐにわかった。ペッピーノだって」
そう言いながらカテリーナは小鳥の装飾が施してある鏡台のところまでそのまま下がっていった。そしてその引き出しから木彫りの十字架を出した。
「あ」
ジュゼッペは小さく声を上げた。
それは10数年前の別れの日にカテリーナに渡したジュゼッペがこさえたペンダントだった。
カテリーナはずっとその手に握って祈りをささげていたのだろうか、色はずいぶんと変わっていたが見てすぐにそれとわかった。
「神様は私をお見捨てにならなかったわ」
カテリーナの大きな瞳からうれし涙が零れ落ちていた。
「カテリーナ」
「ペッピーノ」
どちらからともなく二人はお互いを引き寄せると固くハグした。カテリーナからかすかに檸檬の香りがした。
「カテリーナ・・?」
「うん?」
「ペッピーノじゃなくて・・その・・」
「わかったわ。ジュゼッペ。あなたはもう孤児院の暴れん坊ペッピーノじゃないものね。私の愛しい人はジュゼッペ、ジュゼッペ浅倉・・」
にっこりと笑ったカテリーナの唇にジュゼッペは自分の唇を重ねた。
もう二度と離さないよ。離すものか・・

 その夜二人は結ばれた。
ジュゼッペの筋肉質でありながらしなやかな身体がカテリーナの陶磁器のように白くてか細い身体を包み込んでいた。
ジュジェッペの指先がカテリーナの秘部に触れた。愛液が溢れているそこに触れたときにカテリーナの赤い唇から吐息がもれた。だがジュゼッペはそこに吸い込まれた指の感覚にレベッカを思い出した。
薔薇のトゲに刺された傷を吸われた時のぬるりと生暖かい感触と同じだったのだ。
ジュゼッペの胸に黒い染みのようなものが広がっていった。
(くそ!)
ジュゼッペは心の中で叫びながら自分のそれをカテリーナの中に突き挿れた。
「あ・・ぁ、んっ・・」
痛みをこらえて高みに登り詰めたカテリーナの喜悦の声と共にジュゼッペも果てた。
レベッカの高笑いが聞こえたような気がした。
「ジュゼッペ・・」
カテリーナの呼ぶ声に我にかえった。
「シーツ・・汚しちゃった」
見るとシーツがほんの少しだけ赤く染まっていた。
「気にすることはないよ、カテリーナ。二人きりじゃないか」
そう言うとジュゼッペはカテリーナをもう一度強く抱きしめた。


 しばらくして二人は婚約した。
すぐに結婚しなかったのはジュゼッペが科学アカデミーへ通うことになったからだ。
男爵の邸宅で一緒に暮していたので事実上は夫婦のようなものだったが、学生の身分で妻を持つことをジュゼッペは遠慮したのだった。

 いつしか、ジュゼッペは29歳になっていた。
まだアカデミーに通っていたが、既に教授の助手も務めていた。

 そんなある日、ジュゼッペはカテリーナから告白された。
「お腹にベビーができたの」
「本当かい?!カテリーナ!」
ジュゼッペは躍り上がって喜びを爆発させた。
カテリーナをハグすると左右に身体をゆすった。
「男爵夫妻にはもう報告したのかい?」
「いいえ、まだよ」
「さっそく報告しよう」
ジュゼッペはカテリーナの頬や額にキスの嵐を浴びせた。
カテリーナはそんなジュゼッペの顔を押さえながら笑顔で応えた。
「来週、お義母さまのお誕生日だからその時まで二人の秘密にしておこうと思うの」
「そうか!素晴らしい誕生日プレゼントになるな。ようし、わかったよ。カテリーナ」
カテリーナが「ありがとう」といいながらジュゼッペの首にしがみついた。
「初めてのベビーが流れてしまったからもう無理かと思っていたの」
カテリーナは涙声だった。
「僕らの2番目の子はきっと大丈夫さ」
そう言ってジュゼッペはカテリーナを強く抱擁した。

 だが、その喜びもつかの間。
二人は恐ろしい事件に巻き込まれることになるのだった。


(つづく)



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