『クロスカラコルムへ』

                   by があわいこ


 空港近くの中古車屋に立ち寄ったジョーは乗ってきたオレンジ色のレーシングカーがいくらになるか訊いた。
言い値でよかったがそれでクロスカラコルム近くまで行く飛行機のチケットが買えるかどうかが問題だ。
足元を見られるだろうか?もっとも片道でいいからな――そう思ったらフッとため息が出た。
いや、それよりも査定に時間がかかると困る。1分でも早く行きたい、行かなければならない。
 最初にジョーを迎えた店員はジョーから鍵を受け取ると書類に何か書きこんだ。査定士らしい男が出て来ると鍵は彼に渡された。
査定士はおもむろに車の周りを2周するとその鍵でエンジンをかけアクセルをふかした。
慣れた手つきだがゆっくりとじらしているように感じる。しかし、ジョーは腕組みをしてなんでもないようなふりをした。
エンジンをかけたまま車から降りた査定士はボンネットを開けると
「それで、どこまで行く気だい?」と顔を上げずにジョーに問いかけた。
「はぁ?」
ジョーが聞き返すと、査定士は表情を変えずにバタンとボンネットを閉めた。
「お客さん、飛行機でどこかへ行こうと思っているんだろう?」
事も無げにそう言う査定士に
「どうしてわかった」
と、ジョーは警戒しながら彼を睨んだ。すでに右の隠しポケットに手をかけている。
「ここに車を持ちこむお客さんのほとんどは航空券を買おうとしていますからな」
そう言って査定士は初めてニヤリとした。
ジョーは「クロスカラコルム・・」と言おうとしてやめた。
もしかしたら査定士がギャラクターかも知れないと思ったからだ。
どうもジョーは出会う人間がギャラクターだったということが多すぎる。
「さぁな。地球の反対側だ」
よく響く声でジョーは嘯いた。
「なるほどね」
査定士は軽く頷いてさっさと事務所へ向かって行ってしまった。
ジョーも自然にそのあとを追うようについて行った。

 査定士はチン!と音をさせるとレジを開け無造作にアメリスドル札を何枚か抜くと口をわずかに動かしながらそれを数えた。
そしてその札束をまとめて半分に折ると人差し指と中指に挟んでジョーの胸の前に突き出した。
「これだけあれば地球を一周できるぞ」
ジョーはキツいまなざしで札束を睨んだが、数えずにそれをポケットにねじ込んだ。
その様子を見ながら鑑定士は
「アレはメンテナンスやら何やらで売りに出すまで1週間から10日ほどかかる。気が変わったらその期間内に戻ってくるんだな。もちろん金は返してもらう」
と少し早口で事務的に言うとレジを閉め、誰かの名前を呼びながらあっという間に事務所を出ていった。
「1週間から10日か・・」
気がついたベッドの上でカーテン越しに昨日の今ごろ聞いた医者の言葉をジョーは遠い昔のことのように思い出していた。

礼を言おうと再び事務所の外へ出たジョーだったが、すでに査定士は次の客の相手を始めていたし、レーシングカーは他の店員がもう車庫のほうへ運んでしまっていた。

 色とりどりのかざぐるまや万国旗でにぎやかに飾りつけをされた中古車売り場にポツンと残されたジョーのすぐ上を大きな旅客機が飛び立って行った。
一人ぼっちは馴れているはずだったが、言いしれない孤独感がジョーを襲った。

別荘の窓越しに見送ったゴッドフェニックスは、健たちみんなは・・どうしているだろうか。
G-2号機は健に格納された時、いつものようにタイヤをキュッと鳴らしただろうか。
「火の鳥になって突っ込む時はお前が先頭だ。頑張るんだぞ」
あいつに最後に掛けた言葉は柄にもなくセンチメンタルになっちまったなとジョーは思い出して口角の片方だけで苦笑いした。

ゴッドフェニックスを見送った窓から飛び出したジョーは、その窓辺にじっと立ち尽くしている南部博士がどんどん小さくなるのをずっとバックミラーで見ていた。
もう二度と会うことはないだろう博士の姿をちらりと思い出したが小さくかぶりを振ると前を見据えた。

 俺はこれからベルク・カッツェを仕留めに行く。だがこれは科学忍者隊G-2号、コンドルのジョーとしてではなく、親をギャラクターに殺されたジョージ浅倉としての復讐だ。相討ちなら上等だぜ。

「この地球をギャラクターの魔の手から守ることができるのは、科学忍者隊G-1号大鷲の健、またの名をガッチャマン、おめぇだけだ。リーダーなんだからよ、健。俺がいなくたってちゃんと地球を救ってくれよ、頼んだぜ」
そう心の中でつぶやきながらジョーは振り向くことなく空港へと歩きだした。



(おわり)